【3年間の単身赴任】家族の負担が多いが、貴重な経験もできる。但し、長期間続けるのは、意味がない。

【3年間の単身赴任】家族の負担が多いが、貴重な経験もできる。但し、長期間続けるのは、意味がない。

【自分の性別】男性
【誰が単身赴任したか】
夫である自分が単身赴任

【自分の職業】(単身赴任開始時)
会社員(品質および製造管理)
【自分の年齢】(単身赴任開始時)
45歳

【妻の職業】(単身赴任開始時)
専業主婦であったため仕事はしていませんでした。
【妻の年齢】(単身赴任開始時)
45歳

【家族構成】(単身赴任開始時)
夫である自分、妻、幼稚園(年少)の男子





【単身赴任の期間】
3年で終了

【現在】
今は一緒に住んでいる(単身赴任を終えて帰ってきた)




【子供は増えたか】
子供は増えず、一人のままでした。




【決意の理由】
大阪府に勤務していましたが、三重県鈴鹿市への異動の辞令がでたため、単身赴任しました。
子供が小さく、異動先が電車で3時間程度で休日に帰ることができる距離だったので、とりあえず単身で赴任しました。
また、状況を見て家族を呼び寄せることができる制度があったことも、単身赴任を決めた理由でした。




【不安だったこと】
単身赴任がいつまで続くか分からなかったこと。
子供がまだ小さかったこと。
2重生活の不便さに耐えられるか不安だったこと、です。

【決まった時の心境】
他の工場も含めて、異動の辞令が出る可能性はあったので想定はしていましたが、家族の負担を考えると嫌でした。
三重県、愛媛県、大分県に工場がありましたが、まだ大阪から一番近い場所だったので、少しは負担が少ないのではと考えるようにしていました。




【夫婦での話し合い】
子供や両親のこと等も含めて考えると家族で行く判断は見送ることにしました。
単身赴任がいつまで続くか分からなかったため、どこまで単身生活を我慢するかについても話し合いました。
大雑把には2〜3年は様子をみることにしました。

【子供への説明】
子供はちいさかったので、二重生活の意味は理解していなかったと思います。
休日には必ず帰ってくると説明しました。




【悩みや不安に思ったこと】
一番の悩みは日曜日の晩に社宅に戻るときです。
子供が嫌がるのを振り切って社宅に向かうのは、本当に苦痛でした。
本当に、3年以内で大阪に戻れないときは、転職するという決意が芽生えていました。
その決意の理由は、三重県の鈴鹿工場から、さらに大分工場に異動になる可能性を感じたからです。
ただ、大阪に別の仕事で戻れそうな動きもありましたので、期待しながら様子を見ていました。




【家に帰る頻度】
毎週末に帰っていました。
通常、金曜日の晩に自宅に帰り、日曜日の夜中遅くに赴任先の借上げ社宅に戻っていました。

【生活と心境の変化】
家族と一緒にいる時間が大切だと感じるようになりました。
そのため週末毎に、交通費と時間がかかるのを犠牲にして自宅に帰っていました。
そして、2重に光熱費もかかるため、極力節約を心掛けました。
夕食はコストと栄養バランスを意識し、会社の食堂をよく利用しました。
娯楽は犠牲にしましたが、一人の時間が増えましたので、勉強に使いました。

【子供の様子】
家に帰った時の甘えが多くなりました。
少しでも一緒に過ごす時間を大切にするため、夜は疲れていても絵本の読み聞かせをしていました。




【単身赴任中の危機】
約1年経過4したkろ、赴任中の三重県の鈴鹿工場での部署と大分工場の同様の部署が統合し、大分工場に集約するという計画が進められていることを聞いたときはショックでした。
直ぐには家族に話せませんでした。
この頃から、強く転職を意識するようになりました。
そして、我慢しても3年と決めました。
3年以内に大阪に戻ることができなければ、転職すると決意した出来事でした。
社内には自己申告制度というものがあり、社内でやりたい仕事をアピールできましので、意志をもって応募しました。
具体的には大阪府の本社部門の2種類の職種、研究本部の一つの職種に転向したいと理由をつけて申告しました。
これでダメなら転職する決意でした。




【妻のありがたみ】
自宅での子供との生活を守ってくれたこと、単身赴任をサポートしてくれたことです。
子供の教育等は全て妻に任せきりでした。




【良かったこと】
単身赴任先の仕事内容は責任がきつい面はありましたが、社外の人たちと強く関わる仕事内容でしたので、大きく成長できたと思います。
赴任前の仕事は、研究所で得意で興味のあることだけに関わっていましたが、仕事の幅が大きく広がったことを実感できました。




【子供・夫婦関係の変化】
コミュニケーションを密にとるようになりました。
毎日、電話にてその日にあったことを話し合っていました。
そして、どんなに不便でも毎週末毎に、自宅に帰り、子供と接する時間を大切にしました。
家族が一緒に過ごすという当たり前のことが、どんなに大切なことかを実感していました。




【工夫と便利ツール】
単身赴任中に気になるのは金銭面と食事です。
朝食は、6枚切りのパン一斤(100円)で1週間もたせました。
昼食は会社の食堂ですので考える余地はありませんが、夕食も食堂をつかえましたので、安くて栄養バランスの良い定食(360円)を食べていました。
晩は、早く電気を消して寝ていました。
光熱費を削減できるからです。




【単身赴任は・・・】
単身赴任がない方が良かった

【なぜそう思うか】
単身赴任の経験で得たものはたくさんありますが、家族への負担はかなり大きなものです。
周りにも単身赴任者が多くいましたが、ほとんどの人が我慢してすごしていました。




【現状と未来】
単身赴任は3年で終わりました。
会社の自己申告制度が生きたようです。
直接、応募していた仕事とは異なるものでしたが、研究所からオファーがあり、二つ返事で受けました。
今は、自宅に帰ってから同じ仕事を10年間続けており、満足した生活をしております。



【当時の自分へのアドバイス】
単身赴任は良くないと思います。
人によるので一概には言えませんが、家族がバラバラになるのは良くないと思います。
私の場合、3年で終わりましたが、長期化しておれば家族間に溝がうまれていた可能性が高いと感じました。
もし、遠方の勤務地に異動を命ぜられた場合は、可能な限り、家族揃って行くべきだと思います。
また、転職は別の意味でリスクがあるため、安易にするべきではないと思います。