【夫の単身赴任が4年、その後私(妻)の単身赴任が4年】夫婦の心が初心に戻れて良い部分もある

【夫の単身赴任が4年、その後私(妻)の単身赴任が4年】夫婦の心が初心に戻れて良い部分もある

【自分の性別】女性
【誰が単身赴任したか】
夫が単身赴任し、妻である自分は残る側

【夫の職業】(単身赴任開始時)
公務員
【夫の年齢】(単身赴任開始時)
45歳

【自分の職業】(単身赴任開始時)
公務員
【自分の年齢】(単身赴任開始時)
44歳

【家族構成】(単身赴任開始時)
夫、妻である自分、中3女子、小6男子、小4男子、義父、義母 合計7人





【単身赴任の期間】
4年で夫の単身赴任は終了したが、その10年後に、今度は妻である自分が単身赴任中(4年目)である。

【現在】
夫の単身赴任は終わったが、妻の自分が単身赴任となり別居状態




【子供は増えたか】
変わらない




【決意の理由】
自分も仕事があるから。
また、子供たちの学校もあるので家族で引っ越すことは考えなかった。
長くても5年以内で戻ると思っていたから。




【不安だったこと】
1つは家のあらゆることを、自分1人でやらなければならないこと。
具体的には夫の両親を病院に送迎したり、近所の念仏やお通夜などに出たり、子どもたちの学校の送迎をしたりといった家族のお世話を全部やらなければならないのは、自分も仕事を持っているので困りました。
2つ目は、夫が家事をまったくない人だったので身の回りのことや掃除、洗濯、ご飯の用意などができず、大丈夫かと心配でした。

【決まった時の心境】
夫は自分の仕事に邁進できるからいいなあ。
自分のことだけやっていればいいのだから。
しかし、自分は家族6人のお世話がある。
自分の仕事もある。
他に誰も頼る人がいないし、どうしたらいいのだろう。
困ったなあ。
でもやるしかないな。




【夫婦での話し合い】
夫は、「俺、行くことになったから後のことはよろしく。」と気楽なものでした。
自分も。
決まったことは仕方がないと諦めましたので、単身赴任の際に必要な物について、「用意するもの」「赴任先で買うもの」について相談しました。

【子供への説明】
父親が単身赴任をすることを伝えても、子どもたちは「父さん、頑張ってね!」といういたって普通の明るい反応でした。

【親戚や友人への説明】
特に自分からは話しませんでした。
聞かれたり、何かのついでに伝えたりすることはありましたが、改めて単身赴任することになったという連絡はしませんでした。




【住民票は・・・】
住民票は異動させなかった

【理由は・・・】
単身赴任の期間が長くなるわけではなく、面倒なので住民票は移動させませんでした。
特に困ることはなかったです。




【家電など生活必需品】
単身赴任用の「単身赴任パック」で安く買いました。
テレビ、冷蔵庫、電子レンジ、掃除機がセットになっていました。
家具は布団を用意したくらいで、ほとんど何もありませんでした。
生きるために必要最低限のものだけ夫が用意しました。

【準備で苦労したこと】
苦労したことは全くありませんでした。
住宅については、もうすでに職場の方で決めてくれていましたし、持ち物も最低限のものにすると決めていたので、簡単でした。
夫が自分のいいようにやっていましたので、私は言われたことだけやりました。




【最初の数日の不安】
・いなくなったなあ、部屋が広い
・ご飯どうしているかしら
・朝が1人で忙しいよ

【悩みや不安に思ったこと】
悩みとか不安は特にありませんでした。
むしろ、飲み会の後にお迎えに行かなくてもよくなったので、とても楽ちんになりました。
前は、飲み会の後、露帰るための交通手段がなかったのです、夜遅く迎えに行かなければなかったのです。




【家に帰る頻度】
月に1回くらい

【生活と心境の変化】
夫は料理を全くしない人だったので、外食や出来合いの物ばかり食べて栄養が偏ることが心配でした。
ご飯やおかずを何食分もたくさん作り、帰ってきたときにタッパーに積めて持たせたり、クール宅急便で送ったりしました。
夫がいなくなり、家族以外の夫のための食事の用意もしなければならなかうなったので、とても忙しくなりました。
送れるものと送れないもの(クールとチルド)が一緒にできないので、お金もかかりました。
大変でした。

【子供の様子】
子どもたちは、全く変わりありませんでした。
もともと夫は子供たちとはほとんど関わらなかったので、いなくてもさほど影響はなかったように感じていました。
子どもについては、夫の方も何も気にしてはいませんでした。




【単身赴任中の危機】
義理の父と母が喧嘩した時です。
殴り合いのけんかをするので、自分や子供たちには止めることができませんでした。
夫がいると仲裁に入り、止めることができるのですが、それをしてくれる人がいないので、寺内貫太郎一家のような状態でした。
義理の父母も息子である夫が家に帰ってきたときには総研化もしないのですが、いない時にかぎって派手にけんかをするのでこれには本当に参りました。
夫婦喧嘩は犬も食わばいというので時間がすぎるのをひたすら待ちました。




【夫のありがたみ】
当たり前だと思っていたことがそうではないと気付きました。
ヒーターの灯油がなくなっても誰も入れてくれないし、朝起きてもコーヒーが出てくることもないし、前は何とも思わず、当たり前だと思っていたことが実はとてもありがたかったなと思うようになりました。




【良かったこと】
たまに会うのが新鮮でした。
久しぶりに家に帰って来てもすぐにまた、単身赴任先に帰ってしまうので、会う時間が短くて、大切にしました。
色々と会話も増えましたし、お互いに一緒にいるときには気を遣うようになりました。




【子供・夫婦関係の変化】
子どもは、もともと夫とはかかわりが浅かったので、見た目の様子では全く変わりませんでした。
夫も子供のことには興味がないので、気にしていることもなかったです。
夫婦は前に一緒にいた時よりも仲が良くなったと思います。




【工夫と便利ツール】
毎日生存確認メールを夫からしてもらいました。
何かあっても気付いてあげられないと困るので、空のメールでもいいからとにかく毎日くれるようにお願いをしました。
こちらからそういわないと1週間以上も音信不通になることがあるので、それだけはお願いをしました。
夫も忠実にこれだけは、せっせとやってくれていました。
リモートなどは流行しておらずできませんでしたが、今ならこんなこともできたと思います。
子どもの様子はせっせと伝えました。




【単身赴任は・・・】
単身赴任という経験があって良かった

【なぜそう思うか】
前よりもお互いの必要性を感じ、仲良くなることができた。
一緒にいることになれすぎると思いやりが減ってしまっていた。




【現状と未来】
現在は自分自身が短損赴任中です。
今度は、子どももみんな自立していないし、私は自分のことだけ考えていればいいので、仕事に集中できて快適です。
単身赴任とはこんなにいい物なのだなと実感しています。
こんなに幸せな日々があったのかと、今まで頑張ってきてよかったなと毎日思っています。
自分が単身赴任している方がとてもいいです。



【当時の自分へのアドバイス】
頑張っていれば、いつかきっといいことがあるからべ。
とにかく我慢をするんだよ。
無駄にはならないから。
もう少しの辛抱だよ。
くじけないで頑張るんだよ。
未来は楽しいことがたくさん待っているからね。
かわいい犬と素敵なお家でみんなで仲良く暮らせるから、期待していてね。
お父さんも料理の腕を上げて美味しいご飯を作ってくれるよ。